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舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
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カテゴリ:アート( 33 )

 パフォーマーのスメリー主催のアート系パフォーマンスイベントに行ってきた。初体験。
 出て来る人たちはほのかに名前は知っているが、その実体はまったく知らないので、どんなものなのだろう、と思っていったら、やっていること自体はだいたいイメージどおりの、テクニックよりも「こういうことをやってみる」部分を重視したものだった。
 ミーチ兄弟は、元明和電機の土佐正道と現・明和電機の土佐信道の非公式?ユニット。やっている音楽は明和電機のもののカラオケなので、楽しんでいるのは、主に明和電機ファン。
舞台上の2人と、楽しんでいる人を観察している格好となる。
続いては、ポストペットの生みの親という人とその人が所属しているカポエイラのパフォーマンス。会場の中央あたりにテープで円が描かれていて、そこがリング?になっているのだが、パフォーマンスの順番がまわってくると、20人弱ぐらいのカポエイラの皆さんがその円の中で器用にウォーミングアップをはじめる。円のところは人がいないのだが、その分その周りに大勢の人がいて、かなり窮屈な感じなのだが、うまいこと空いているスペースを使っておのおのストレッチなどしている。そして、椰子の実に棒をつけて一本弦を張ったビリンバウという原始的な趣の楽器がつまびかれ、タンバリンが打ち鳴らされるなか、パフォーマンスが始まる。基本的に1対1なのだが、ちょっと方を見せると、入れ替わり立代わり人が入ってくる。正直なところ、すごく上手い人は2人ぐらいだけど、パフォーマンスの間絶えず流れているサンバとアフリカンミュージックをあわせたような雰囲気の音楽と歌声でいつのまにか気分が上がってくる。見ている側の気持ちを高揚させる不思議なスポーツだ。
 次に出てきたのは、ゴージャラスのメンバーの一人と日頃はトーストガールというパフォーマーとして活動している人。要はフラメンコの真似事。普段のパフォーマンスや彼らの人となりを知っていれば面白いのだろうけど、一見さんには辛い。
 次は「0人」。ロシア出身で、筑波大学で出会った3人組ということになっているが、明らかに日本人。まあ、このあたりのズレが笑いのフックその1なのだろう。で、ロシア出身かつレーニンを尊敬し(0人=レーニン。駄洒落)、共産主義復活を夢見ながらバンドやってる、という設定はフックその2か。で、いろいろスピーチや自己紹介などし、ジャケットの下のレーニンTシャツを披露し、何曲か演奏して終了。「笑わせたい」瞬間は分かるのだが、いかんせんそれが曖昧で、伝わりにくいので、どうにも笑えない。笑いには向かない人たちなのではないだろうか。
 そんな消化不良な出し物の後は、その日受付隣りで物販で来ていた太郎商店の商品紹介。危険物ぽい雰囲気の漂う「自爆ボタン」、自爆ボタンの周りにいくつかレバーがついている卓上タイプの「自爆ボタンデラックス」、超合金ロボットをほしがる子供の夢を粉砕する「これじゃないロボット」など。ここまでの出し物で一番笑えた。
 そして、今回のイベント主宰のスメリー。いつもの黒いスーツにアフロヘアではなく、この日はおかっぱカツラにTシャツの、フォーク青年のような扮装。フォークギターをかき鳴らし(弾いてはいない)、フォークソングの歌詞に出てきそうなフレーズを口にしながら、明らかにカラープリンターで出力した絵やら画像やらを取り出して、コメントをつける、という芸。言葉と視覚のギャップで笑いを生む彼のパフォーマンスはその前の太郎商店以上に面白かった。この日の出し物のベストだった。
 この後、ノブミ―チの出し物もあったのだけど、体調不良でもあったので、ここで離脱。大変な雨の中、さくさくと家路を急いだのだった。
 このイベントの終わりに、Space Forceオーナーの藤井フミヤが登場し、「涙のリクエスト」を歌ったそうな。へぇ。
パフォーマーの出し物にもいろいろ思うところあるのだが、集まってくるお客さんもいかにもアート系の人やら、明和電機ファンと思しき人、コスプレな人、お洒落な人、と幅広く、なかなか面白い人が多い。中でも一番おかしかったのが、「今日なにやってるのかな。ここ」という会話を交わしているカップル。確かめてから入場料払おうよ。
 
by turujun | 2004-09-05 23:10 | アート
今回の札幌行きは、初物尽くしだった。初めての札幌(北海道は函館にしか上陸したことがなかった)、初めての札幌ラーメン、初めての北海道マラソン観戦、初めてのすすきの散策、初めてのスープカレー、そしてはじめてのヌーヴォーシルク。
 今回の「voyage」は、ヌーヴォーシルクとしてはじめて日本で上演された作品で、アクロバットのみならず、バレエあり、演劇あり、パントマイムあり、音楽の生演奏やビデオカメラによる生の映像まで取り込んだという意欲的なものだった。だが、私の目には、「作品」にはなりきれていないように映った。というのは、興味を引かれたり、驚きを感じたり、面白いと感じるのは、やはり空中ブランコや長い布を使っての空中での動き、また人が肩の上に乗って立つ、シーソーの上で飛び跳ね、空中で回転するといった個々のスリリングなアクロバットに対してだった。また、それらのパフォーマンスの間に差し挟まれる寸劇が前後のそれらと関連しておらず、ゆえに全体としての流れがなく、単にばらばらにパフォーマンスを陳列しているように思えてしまったのだ。また、リハーサル不足なのだろうか、音響のオペレーションが途中で狂ったり、一つ一つのパフォーマンスの切り替えが段取りくさく見えてしまうところもあった。ビデオカメラでライブで撮影した映像の利用も、試みとしては面白いのだが、実際に映っているものは、試みそのものほど面白くはないな、というのが正直な感想。特に後半でビデオカメラでシーソーで飛び跳ねる男性たちを撮影をするシーンは、途中まではライブ映像だけど、途中であらかじめ用意された映像に差し変える、というような形にしたらもっと効果的な映像の使い方が出来たのではないか、と思ったところで、最近の舞台でこれやってたなということに気付いたが、それがなにであるかしばらく思い出せなかったが、思い出した。「エレファント・バニッシュ」だ。
 作品としてのまとまりとしてはちょっと残念に思える出来ではあったものの、その一方でやはりパフォーマーのパフォーマンスは個人技もチームプレーもそれぞれにスゴイと感じたし、光るアイディアがあったのも事実。バレエの群舞が下手から出てきて、ダンサーたちに照明があたる。すると舞台後方の壁に影が映る。でも、ダンサーの数より影の数の方がちょっと多い。「どうやって照明を当てているんだろう」と不思議に思っていると、そのうち、影のいくつかは「影の映像」であることがわかる。そしてダンサーと映像は離れていき、最後には映像の影たちは一つになって、巨大なダンサーの影の形になる、というシーンは、私にとってそのシーンの展開と、そのアイディアともに、この作品中、最も印象深かった。個々を見るとやはり「ここ、いいなぁ」と思う部分もかなりあっただけに、それらが一つにまとまって、様々な要素が互いに響きあう作品を見ることが出来たらよいな、などと希望。きっとそれが「ヌーヴォー・シルク」だと思うので。
 それにしても、札幌はやはり北国だ。夕方から始まったこの公演が進むにつれ、どんどん気温が下がり、じっと舞台を見ているとかなり寒くて、多少は暖かくしていたものの、まだまだ読みが甘かった。それにひきかえ、札幌の人々は厚めの上着、フリースのひざ掛けなど、防寒対策万全。スタッフの中には「ダウンジャケット」を着ている人さえいた。8月にダウンジャケット。夜、彼はきっと一人温かい思いをしていたに違いない。そんなかなり寒い中、札幌の人たちは防寒していることとは関係なく、あたたかかった。というか反応が率直で良かった。パフォーマーがワザを決めるたびに歓声をあげ、拍手が起こる。彼らはこれを「アート」として鑑賞しにくるというよりも、この場を楽しみに来ている、といった方が適当で、そしてそんな彼らは正しい、と思う。そうした暖かな観客にパフォーマーも助けられた部分が多かったのでは。やはりパフォーミングアートは、実際に舞台には立っていないけど、観客も参加しているのだと思う。
 この公演に出演されていた金子圭介さんのブログによると、この公演には、初日は3000人、次の日は雨にもかかわらず、約2000人がやってきたという。この5000人あまりの人がどうこの作品を観たか、というのは全貌は分からないけど、札幌芸術の森および今回のこの公演を企画した方々には、単なる紹介に終わらせず、再度ヌーヴォー・シルクの公演を行ってほしいと思う。そして日本におけるヌーヴォー・シルク発祥の地は札幌よ!というぐらいに、地域と創り手が関わり、作品を上演していけたら、それはとても意義あることなのではないかと思う。
 最後にオマケ。帰り道、私の周りにいたヌーヴォー・シルク帰りの人々の声の一部。
●玉乗りとか動物とか出てこないのね。●けっこう面白かった●あんまりたいしたこと無かったね。(←おばちゃんが言っていた。これもまた率直な物言いなので、憎めない感じだ)●映像の使い方が斬新だった。
会話の盗み聞きなので、その発言の意図するコアなところは分からないけど、結構どれにも共感。
by turujun | 2004-09-01 23:47 | アート
 スパイラルの階段を上りきると、そこは樹脂でできたチープでキッチュなド派手空間でした。

 キュピキュピは、京都を拠点とするアートユニットらしいが、今回ほぼ初・東京進出だそう。この「ほぼ」は、かつて彼らがメジャーになる前に何気に東京で公演を行っていたらしいという情報を耳にしたから。
 そしてロビーに入るなり目にするのは、極彩色に彩られた魚人間のオブジェ(ビッグフィッシュというキュピキュピのキャラクターの一つ)やら、黒いミニスカートのワンピースに白いフリルのついたエプロンを身に付けた、セクシーなウェイトレス、壁のライトに取り付けられたかえるや魚の顔のオブジェほか、普通の空間ではまず眼にすることがないような、異形のものの数々。そのごった煮感に、始まる前からちょっとくらりとする。
 ホールに入ると、下手側に花道を備えた舞台と、舞台前にあるテーブル席。上手にはアコーディオンやチェロ(?)奏者がスタンバッている。何がこれから始まるのかしらん、といやが応にも期待は高まろうというものだった。
 で、実際本編はどうだったかというと、洗練とエロが共存する映像に彩られた昭和歌謡ショーというところ。この公演は、観客が自ら楽しめるパフォーマンス。逆にいうと、ただ「観賞」しに来た人にとっては、少々怖いもしくはサムい1時間半かもしれない。
 この作品は、観客がパフォーマーに対して声をかけたり、パフォーマーからの呼びかけにノリ良く応えてはじめて良いものになるように思った。私の観た回は、キュピキュピ経験値の高そうな人達がパフォーマーとの掛け合いにテンション高く興じていたこともあって、他の観客も一緒に盛り上がれていたと思う。だから、このユニットは、いきなり乗り込んでどーん!と公演を打つよりも、もうちょっと小規模なところで公演を繰り返すことで、パフォーマンスの乗り方を観客に知ってもらう、つまり観客を育てることをした方が良いと思った。
 また、めくるめく映像もだだっぴろく高い天井のスパイラルホールだとパフォーマンスとの一体感が薄れて、良さが生かされないように思えた。映像を生かすという意味でも、密閉感がある小規模な場所でやる方が今の時点では良いのではないかと思う。
 そして何よりこのユニットのパフォーマンスを楽しむため必要なのは、…いい感じに酔っ払うことかな。
by turujun | 2004-08-30 15:45 | アート