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舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
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dots「うつつなれ」@スパイラルホール 8月7日昼

会場に入る前に、青や黄色の照明が下からあたっているスピーカーでできたオブジェが置いてあって、その後ろに大きな布の幕がかかっている。それを抜けて客席に向かった。私は当日券で入ってかつ「桟敷」とチケットに明記してあったので、迷わず座布団席に向かったのだが、会場整理の人に「椅子も空いているのでどうぞ」といわれる。でも、空いていそうな席にはチラシやらカバンやらが置いてあって、一見どこがすでに人が取っていてどこがそうでないのか分かりづらい。そんなことで見にくい席に座らされるぐらいならばと、さっさと座布団席に陣取ることにした。席に案内してくれるのならば、空いている席をキチンと把握して、一人ひとり順番にそれを割り振った方が良いと思うのだが、と、不手際な印象を受ける。
 さて、肝心の舞台。客席に入ってくるときにくぐった幕には4箇所切れ目がある。そこから2人の男性と2人の女性が出てくる。皆白っぽい服を着ているが、それぞれ素材が一見して明らかに違うものを着ている。で、それぞれの人のソロがあったり、4人で動いたりする。ソロのときの音はピアノだったり、ノイズ系だったり、パフォーマー自身の独白だったりと、それぞれ違う。動きもそれぞれに違うのだけど、その動きは、パフォーマーの持っている身体的な特徴や動きのボキャブラリーからでてきたものではなく、むしろそれぞれのシーンに流れている音のイメージから喚起される動き、もしくは物や音といった外的な要素に対抗できる体の形(または動き)の連鎖なのかな、などと思う。そして動きは全体的にスローモーションで構成されている。体がゆっくりと動く、そのことだけで、体の存在感が「人」のそれとしてではなく、「モノ」としての存在感に変わっていくように感じられる。でも、必ずしもスローモーションばかりではなく、ちょっと違った質感の動きもまれに入ってくる。例えばビニールコーティングされたコートを着た男性の速い動きがそう。でも、この動きは、やはりほかがゆっくりなだけに唐突な印象を受け、何故この作品に入ってきたのか、その速さはどこから来たのか、と疑問が湧いてきた。
 4人のソロパートが終わると、全員出てきてのシーンになるが、4人は同じ空間にいるにもかかわらず、終始並列のままで、特に絡み合うわけでもなく、それぞれの位置に配置されているような状態である。なので、この後半部分は、無機物を見ているような気持ちになり、またそれ以上に何かを考えたり、感じたりもしなかった。
 人間が人間でありながら、あたかも「モノ」であるかのように見えるということは、NESTを見たときにも感じたことなのだ。だけど、NESTと決定的に違うところは、NESTは、音楽と映像があれば作品はなんとなく見られるものになるのに対して、この作品は、4人のパフォーマーなしでは、それこそ何だかよくわからない空間が残るだけなので、「人」は欠かせない要素なのだ。でも、この作品において、人の位置付けは、音やオブジェや映像と同等に見える。ダンスや演劇では、役者なりダンサーなり人間が作品の主体となるだけに、作品における人間の体の扱い方の違いは興味深い。
 

 この作品において、一番私の興味を引いたのは、舞台後方一面に釣られている淡い色合いのもので統一されている古着のシャツやらセーターやらでできた幕である。おそらくこれは100枚以上の服で作られているはず。私は、席についてから、しばらくの間、この物体を布を大量に使って作った幕だと思っていていたので、大量の服で作られた「オブジェ」だと分かってから、ちょっと空恐ろしくなった。私は古着のあのくたっとした風合いが、どこか見知らぬ誰かのぬくもりを感じるようで、ちょっと苦手だ。だから、それを古着の集まりと認識した瞬間、それがあたかも人の歴史がざわざわと集まって見え、ちょっとグロテスクに感じた。その一方で、幕のように壁一面にわっとつるすことで、その歴史のようなものを、いかにもなドラマを喚起させる装置としてではなく、もっとさりげなく見せているようにも感じられた。その相反する感覚が共存しているように見える大量の古着でできた1枚の幕なんてものを作って、舞台に乗せようと思うその発想と実行力とそれを可能にする芸術家の計り知れない情熱は一体どこから来るのだろう、と一小市民は思うのだった。
 ここで、思い出すのが、森万里子の「Dream Temple」だ。あの、アクリルでできた、ピンクがかった光を放つ建造物は、それこそ構想から2~3年ぐらいをかけてようやく作られたものだという。普通に考えたら、そんな樹脂で出来たピンクの夢殿もどきの建物を作るためにお金と労力をかけるなんて、と思いそうだが、その意図を地道に説明し、資金を集め、完成に至らしめる爆発的なモチベーションの持ち主が現実に存在している。その類のモチベーションをその大量の古着でできた幕にも感じたのだ。
 そしてそれゆえに、私はまたこの団体のつくるものを観ようと思うのだった。
by turujun | 2004-08-11 09:34 | ダンス