人気ブログランキング |

舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

その名にちなんで@シネマシャンテ日比谷

今年2本目の映画鑑賞は、アメリカ映画でもあり、インド映画でもあるという作品。

「停電の夜に」のジュンパ・ラヒリ。彼女が書いた初の長編小説「THE NAMESAKE」を元に創られた作品。

とある事件がきっかけでアメリカの大学へ進学し、アメリカで生きていくことになったベンガル人男性とその妻、その子供たち(メインは息子)の物語だ。

この作品の一番のポイントは出演者の9割がインド人(=ベンガル人)であるということ。
100%ベンガル人である夫婦が、アメリカで子供をもうける。すると子供はアメリカの教育を受けているから、見た目はインド人なのだけど中身はアメリカナイズされてしまう。文化的なギャップ、普通の親子によくある世代間のギャップが重なることによって起こる家族のすれ違いと、インド人でありながらアメリカ人でもある(アメリカ的な世界に馴染もうとしている)息子のアイデンティティを求めて揺れ動く姿が淡々と描かれていた。

アメリカにおけるインド人のアイデンティティの問題と、個々によるその意識の違いのズレによる違和感をテーマにした作品はジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」の中にもあったので、原作者としてはこの部分が創作をしていくうえで重要なものであるのだろうと思う。


私が個人的に興味深かったのは、主人公の息子・ゴーゴリが父が亡くなったとき父の葬式をベンガル人流に執り行うにあたり、それが自然であるかのようにさまざまなしきたりにのっとって行動しているというところ。この映画の中で彼とその妹はアメリカで生まれアメリカで育っているにもかかわらずベンガル人流にきちんと順応できている。それだけきっちりと習慣やキマリが暗黙の了解のもとに保持されているということなのだろうか。
日本において暮らしていても、日本における冠婚葬祭のしきたりをきちんと理解で着ているかどうかというと結構怪しい私からすると、これはスゴイことに思える。
by turujun | 2008-02-01 22:13 | 映画