人気ブログランキング |

舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

金魚「沈黙とはかりあえるほどに」@temporary contemporary

とあるダンス批評家の方のサイトで、この作品が激賞されていたので、昼間からビールとソースの香り漂う街、月島のちょい外れにある倉庫内のギャラリーへと向かった。

ここは本当に倉庫!という感じのところで、天井も鉄骨むき出し、壁も寄りかかったら倒れてしまいそうだった。(実際そうだからなのか、汚して欲しくないからなのか、「壁には触らないでください、手を触れないでください」とスタッフの方が注意していた)

さて、今回の作品は、非常に刺激に満ちていた。それぞれのダンサーが、安定を保とうとしながらも、何かの衝動に体を動かされているかのような、激しい動きが多い。そこには実際にそういう動きがあるなしにかかわらず、暴力が感じられた。そしてその暴力というのは他者に対するものであることとともに、自らに対する暴力でもある。



シンプルな照明の中(ギャラリーということで、あまり凝ったものができなかったのかな…などと思う)、4人のダンサーによる苛烈な世界が繰り広げられていくのだが、特に印象深いのが、冒頭のシーン。のっけから激しい鈴木ユキオのソロに始まり、女性二人が出てきて、積み重なった板の下(中)から男性のダンサーと安次嶺菜緒の絡みがあるあたりまでがとくにグロテスク。

振り付け自体は前回の「犬の静脈に嫉妬せず」を思わせるものがあったのだけど、今回の方がよりからだの動きが磨き上げられている。鈴木ユキオのソロといい、女性ダンサー2人(特に安次嶺の動き)の動きといい、一見単に暴れもがいているようでいて、基本的な動きのシークエンスは決まっていているのが観ているうちにわかってくる。そしてその動きが出てくるたびに、舞台の上に新たな衝動がたちのぼってくる。




ふと思ったのだが、前回の「犬の静脈…」は土方巽、「沈黙と…」は武満徹の言葉らしい。
ただし、武満徹のは、「音、沈黙と測りあえるほどに」と「はかる」に漢字があてられている。この作品だとここが平仮名になっていて、かつ「音、」が削除されているので、余計に奥深い。
原典のように沈黙と「測りあう」のかもしれないし、「諮りあう」のかもしれないし、「謀りあう」のかもしれない。どれもダンスとならば可能なのでは。
by turujun | 2007-10-14 15:00 | ダンス