舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
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「ヨシコ・チュウマmeetsルートカルチャー Hold the Clock:根の国のギャングたち」鎌倉公演

11時から受付が始まり、18時ごろ全てが終わるという長時間拘束型公演かと思いきや、作品展示や短いパフォーマンスをお散歩しながら見て回る…というゆるゆるな公演だった。
なぜか公演の一環としてパラダイス・アレイというパン屋のリュスティックを受け取るというプロセスがあるのだが、このパンが非常に美味しかった。食べると粉の香りと酵母の香り(なんですかね?)が口の中に広がって、何もつけなくてもいけてしまう。滋味あふれるパンなんである。パンと一緒にいただいたワインともあって、まさに至福。この公演における最大の幸福(つまり、口福)といって良いと思う。このパンを買いに、鎌倉へ行っても良い、とまではいかないけど、鎌倉に行ったら、このパンを是非とも買おうとは思う。

メインのダンス公演は、横浜国立大学附属小学校体育館で行われた。何と、このダンス公演のみだと無料、ということを当日、現地に着いてから知った。何だよー。というのも、「鎌倉なんとかナーレ」というイベントの一環として、上演されたものだったからなのだ。知っていたらこれだけ来たよ、と言ってしまいたいのは山々なのだが、いい年なのでやめておく(書いてるけど)。

さて、この公演は上記のとおり長時間にわたるものなのだが、これは、受付があるkaya galleryでの展示と、ダンス公演にも出演したダンサーと酵母と果物によるミニパフォーマンスで幕を開ける。
kaya galleryは千駄木のブリックワンをさらに小さくしたような、相当に小さいスペースなのだが、室内に受付を設けていたので、さらに狭い。そこに10名前後の人が入って、奥に残されたごく小さなスペースで、ダンスが行われた。そのダンスは、作品の中のムーブメントの抜粋のようであるようで、即興でもあるような感じ。途中で顔の形をしたパンをかじったりする。観客(私)の前ギリギリまで迫ってくるような大胆な場所使いで、少々スリリング(向こうもだろう…)な体験だった。体の動きにためらいがないのが、すがすがしかった。

さて、kaya galleryを後にし、次に向かったのがパラダイスアレイ。ここでリュスティックをゲットし、そのまま次の会場である墨田邸へ。墨田邸とは何かというと、有名な建築家が設計したとか、鎌倉有数の洋館とかそういうものではなく、年代物の民家。二棟が渡り廊下で繋がっている相当ふるい木造の家だ。鎌倉の若宮通りを一本は行った道をさらに脇に入っていくとあるような非常に分かりづらい場所にある。
ここが、この作品とどんな縁があるのか結局分からなかったが、ここでは本公演に出演している女性ダンサーがルーマニアでの公演時に撮影した「普通の人々・普通の生活」の姿をスライド上映していた。
ここでパンをかじりつつ、スライドを楽しんだ後、ワインをいただく。いや、ワインが欲しかったのではなく、チケットに込みのはずのお茶が切れていたので、勧められるがままに飲んだのだ。これはおいしかったのだが、ワイン飲みつつ、パンの残りを食べて20分ぐらいいたかと思うのだが、結局お茶は出てこなかった。
ここでは、お茶一杯入れるのにそんなに時間がかかるのか?とかその割に来場者とずいぶん語らっているじゃないの(友達っぽい)?とかいろいろカチンと来ることが多かった。この公演は、こじんまりとした規模で、ゆるい感じがあって、それが魅力といって良いのだが、そういうゆるく繋がった中へ私のようなよそ者が行くと結疎外感を感じる。自分の意思で行っておいてなんだが、「茶が出てこない…」というところで余計にそう思ったのだ。

釈然としない思いと軽い酔いを覚ますべく、ふらふらと鎌倉の町を歩きながら、次の会場である横浜国立大学附属小学校へ。ここでもちょっとびっくり体験。
墨田邸で見かけたスタッフに会場となる「体育館」の場所を聞いたところ、「えーっと…」。会場が分からなかったらしい。スタッフだったらとりあえず全会場の場所ぐらい共有しておこうよ!と言いたくもなったが、ここで切れると自分が嫌な気持ちになるので、心の中で「orz…」となっておいた。

さて、ダンス公演はどうだったか?というと実はダンスの存在感はあまりなかった、というのが正直なところ。作品の中にちりばめられた、原作である高橋源一郎の「さようなら、ギャングたち」および高橋源一郎のインタビューの言葉と、この作品ができるまでに交わされたさまざまな言葉の方が印象的だった。とりとめがないようでいて、非常に詩的な響きをもって迫ってくるのだ。
それぞれの要素の存在感は非常に微弱なのに、なぜか全体としては強靭であったことがいまだに思い出される。

最後は、西御門サローネという洋館でのポスト・パフォーマンストーク。スペシャルゲストとして鶴田真由が登場したのが驚きだった。
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by turujun | 2010-03-13 11:00 | ダンス