舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2008年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

昨年10月末にオープンした川崎市アートセンター。
最寄り駅から電車で乗って2駅行けば川崎なのに、この施設は私の家からはずいぶん遠い。新宿へ出て、小田急線に乗換ええっちらおっちら行かねばならない。川崎と一口に言っても結構広いんだな…。

最寄り駅は小田急線新百合ヶ丘駅。駅からは近い。坂を上って降りれば目の前に見えてくる。公立の劇場は駅から結構離れているところも少なくない(郊外へ行くほどこの傾向は強いような気が…)ので、これはありがたい。

今回観た「エコノミック・ファンタスマゴリア」は、この施設のオープニングを飾るイベントの一環として上演されている。


現在絶賛上演中なので、観にいく予定のある方はこれ以降はネタバレありなのでご注意ください。









この作品はタイトルが示すとおり、テーマは「経済」。マーケティング、労働市場、グローバル投資、格差社会におけるサバイバル、消費社会などのテーマごとのエピソードを4人の役者が演じてみせるパートと、その合間に映し出される場内を撮影しているカメラの映像、やモノクロのイメージフィルムのような極短編映画が挟み込まれて進んでいく。

入り口を入ってチケットを受け取ると、係員に搬入口から入るよう指示されて、一旦外へ出る。そして誘導員に導かれ、建物向かって左側にある搬入口へと向かう。
中へ入ると、入ってすぐのところに応接セット、木材で組まれたブースのような空間があり、そこには十数脚のイスと数台のモニターが置かれている。そしてその奥に、透明のビニールシートで覆われた通路があり、そこに登場する役者の等身大パネルが4体置かれている。
そしてその奥が舞台となるスペースと思われる(実際にはそこだけではない)場所があり、さらにその奥に机とイスがあり、そこに今日の舞台に登場する役者が控えている。

入ってすぐのブースは客席だ、という係員の話だったので、私は迷わずそこに席をとり、一旦劇場の外へ。そのときに座席の方へ行ってみたら、座席の下手側にTwisterやマツケンサンバのCDといったちょい懐かしいガラクタが山のように置かれている。

舞台は役者4人による「It's a small world」の合唱から始まり、マーケターによる最近の消費の傾向とそれに乗った販売促進のレクチャー、ビジネススクールでの「外見力」の磨き方、FPによるグローバル投資指南、チェブラーシュカ(劇中ではチェブラスキー?)による人形劇などが展開していく。

先ほど舞台が…と書いていたが、実際役者が動き回るのは、基本的に固定座席エリア後方以外の観客のいないところであり、設営物の関係上、役者が見えなくなったり、完全に観客からは隔絶されたところで演技していたりする。
その様子というのは、固定客席の観客に対しては正面奥の壁に、私がいたエリアの観客に対しては、目の前に置かれたモニターに映し出される映像によって中継されていく。


今回観たのがプレビュー(1500円でした。本公演の半額。)ということもあり、プロンプターに派手にセリフを聞いていたり、セリフがなかなか出てこないというちょっとした事件は発生していたものの、全体的にものすごく手堅く創られていたと思う。そんな中で特に良かったのは稲毛礼子。彼女はビジネススクールの講師役はもちろん、映像の中の普通のOL、所帯じみた女などいろいろな役を演じ分けていてそれがどれも(映像だからというのもあるのだけど)、全然違った演技をしている。

いくつかのテーマで創られたエピソードが分断されたものが入れ替わり立ち代り上演されていくような、やりようによっては散漫になりそうな手法を使っていながらも、それぞれのエピソードがしっかりと明確なテーマをもって創られていたおかげで混乱することなく観ることができた。

経済という社会科学系の、ともすればお堅いものになりかねないテーマでありながらも、ちょっとしたお遊びをちりばめ笑いを誘い、また映像や詩の朗読で幻想的な雰囲気をかもし出すなどの演出が施されることで、面白いものになっていたと思う。

しかし、手堅いが故なのか何なのかは分からないが、舞台セットや作品の上演スタイルが変わっていても、その取り組み自体は面白いと思っても、作品自体に何らかのインパクトを与えているかどうかといわれるとそれはないのではないか。変わった取り組みと作品の性質はそれぞれに独立して成り立ってしまっているもののように私には思えた。
また、個人的には今回作品の中に登場してきたエピソードがどうも巷のニュースや雑誌や書籍で出てくるコンテンツの引用のように思えてならなかったのが残念だった。

演劇がわりに意味を問うものであるものに対して、経済が価値を追求するものであるというあたりにその絡みづらさがあるのかもしれない、なんてことを思いつきで考えていた。

演出の阿部初美がチラシで書いている通り、経済を演劇で表現するということは、1回で済むようなものではない。次があるのかどうかは分からないが、もう少しこれを追求してもらえると私は嬉しい。

【余談】稲毛礼子と金魚の安次嶺菜緒はどことなく顔が似ている気がする。
【余談2】この公演の開演時間20時というのは都心から来る人向けの時間として非常にありがたい一方で、終演時間は当然22時ごろと遅く、当然帰宅時間も遅くなるのはやっぱり辛い。小田急線が空いていて座れるのは嬉しいが、帰路についている間、新百合ヶ丘はそんなに頻繁には来れないよな…と思っていた。
[PR]
by turujun | 2008-03-27 20:00 | 演劇
社会派・硬派のイメージが強い燐光群。私も以前2度ほど観たことがあったが、あまりに社会派なもので、結構観ていて辛くなってしまい積極的に観る劇団ではなかった。

東京での上演は今回ですでに4回目というリピートぶりである本作品は、テーマが「地雷」。チラシには髑髏マークと地雷各種。この時点での怖そうなイメージに本来であればパスするところではあるが、ひょんなことからご招待をいただき、観にいった次第。

イメージはかなりヘビーで怖い、だったのだが実際観てみればそのテーマが重いことは間違いないものの、テンポの良い演出と、はしばしに挿入されたユーモアでそれを重いままに留まらず、エンタテインメント的な面も持った作品になっていた。

上演時間は2時間20分くらい。ここのところのダンスとは全く違う長時間であったにもかかわらず、その時間の経過を全く感じなかった。

詳しくは後ほど。
[PR]
by turujun | 2008-03-23 14:00 | 演劇
3週間にわたる西巣鴨詣でも今日が最後。

最後はベルギーのダンサー・コリオグラファーであるシディ・ラルビ・シェルカウィとダミアン・ジャレ、アレクサンドロ・ジルベールによるダンス3編。

演目は以下のとおり。
「毛皮のヴィーナス」:振付 ダミアン・ジャレ
              出演 アレクサンドラ・ジルベール             
「VENARI」:振付・出演 ダミアン・ジャレ
「ALEKO」:振付 シディ・ラルビ・シェルカウィ+ダミアン・ジャレ
        出演 ダミアン・ジャレ+アレクサンドラ・ジルベール


以下ネタバレあります。





「毛皮のヴィーナス」は10分と非常に短い作品。舞台中央の床に謎の毛皮の物体が出てきて、もぞもぞと動いているうちに、素足がするりと伸び、続いて人の胴体がずるっと出てきて、最後には毛皮と格闘の末、脱皮し、美しい黒いドレスの女になる、という作品。
冒頭の毛皮をかぶった何かが手を伸ばし、動くさまは、はじめからだのどこがどのように動いているのか分からなかった。手にあたる部分が開いたり閉じたりしているときは、毛皮だと分かっていても海洋生物の何かに見えてしまった。
最後の毛皮を振り回し、引きずり回すところは、出産のようでもあり、ムリヤリ毛皮を引き剥がされているようでもあり、そこにあるイメージは、美しくはあるものの、普通のコンテンポラリーダンスに見られるような抽象的なものではなく、もっとリアルでグロテスク。さらにラストで「ふふっ」と笑って舞台袖に去っていくのは、何ともいえず恐い。


「VENARI」というのは、ラテン語で「狩をする」という意味。「毛皮のヴィーナス」の冒頭で毛皮が置いてあったあたり(だったと思う)に、今度は鹿の角と思しきものが置いてある。そして下手から出てきたダンサーがそれに覆いかぶさったりしているうち、暗転ののち、それを頭にかぶる形になる。といっても頭には角があるが、顔は分からない。
その状態で舞台上で動き回っているうちに、いきなり大きな音がし、暗転。数秒後に角と顔を覆っていたマスクは外れ、外れた角と、赤いポロシャツを着たダンサーが舞台に現れる。
そしてそのダンサーは黒い棒をしならせ、弓矢を放つようなジェスチャーをする。
つまり、狩られた鹿と狩った人が同一人物によって演じられているということなのだろう。
        
そして最後が「ALEKO」。
冒頭はアレクサンドラ・ジルベール(以下ジルベール)の髪で全身が隠れている状態で座っている。その髪の間から手や足を動かしてみせる場面は何かの動物を思わせるところは「毛皮のヴィーナス」に通じるところがある。
その後に登場するダミアン・ジャレとの格闘(髪でジャレを攻撃する)シーンのあと、ジャレに髪をつかまれたジルベールははさみで髪を切り離し、その後死んでしまう。
ジルベールの死に気づいたジャレは、ジルベールの衣服の一部を口で引き上げては振り回し、屍と踊る…といった感じの内容。

この三作品の中で一番面白かったのがこの「ALEKO」。特に冒頭のジルベールの髪の間から手とつま先を出して動かすあたりと最後の屍とのデュオダンスはものすごくスリリング。
あえて「口」で衣服を引き上げて、相手を動かすというところに前2作品に流れている「動物的」「獣的」な何かがここでも見られる。
ときに動きの流れを補助する形で動きはするものの、基本的に脱力した状態の相手と動くわけ。そういった人と物の間とのダンスが生み出す動きが、観ていてぐっと来た。


それにしても、20日の山田うんといい、今日といい、正味1時間のダンスだけどもっと短く感じた。それだけ集中して観られたということなんだろう…。
[PR]
by turujun | 2008-03-22 14:00 | ダンス
久々の吉祥寺だったので、到着したときは開演時間5分前。やばいっと思いダッシュしたいのはやまやまだったが、あいにくの雨。気持ちは急きつつ、周りの迷惑にならぬよう歩いて吉祥寺シアターに到着してみたら、

超・満員!

パッと見た感じ席がなく、一体どうなることやら…と思っていたが、場内案内の女性が私を見つけてくれ、席を用意してくれたので、一安心。

前売り券で入っていたにもかかわらず、あの混雑ぶりは一体。あのあと当日券の人も入っていたが一体どこに入ったのだろう…。大変な人気ぶりだった。

さて本編はどうであったかというと、明日もあるので詳しくは後ほどなのだが、時間は60分ほどとかなり短め。だが私としてはかなり興味深いシーンがあった。特にはじまってすぐのデュオ、中盤の上手、最後の下手での群舞は面白い。
最後のシーンの群舞では、バットシェバ舞踊団のそれを思い出した。

詳しい感想は土曜日以降に。
[PR]
by turujun | 2008-03-20 15:00 | ダンス
a0001606_1814258.jpg

チェルフィッチュの新作「フリータイム」を観てきた。感想は後程。
写真は公演とあわせて青山ブックセンター六本木店で設置されている岡田利規本コーナー。


----------------------------------------------------------------------------------------------------
最近のチェルフィッチュの作品は、「三月の5日間」以降、意識的に社会、なかでも同年代の人達が置かれている状況を作品の中に明確に織り込み、映像を駆使したり、セットが凝っていたりと情報をぎゅうぎゅうに詰め込むことが多かった。だが、今回の「フリータイム」は、脚本そのもの、舞台装置、照明はかなりシンプルであり、セットは地中に7割がた埋まったイスとテーブルだけ。そんななシュールかつ限定された空間のなかに、舞台上の役者と物が作りあげる世界は確固たるものでありながらも繊細で、ゆえにいつのまにか見入ってしまった。
[PR]
by turujun | 2008-03-16 14:00 | 演劇
東京芸術祭の海外招聘作品その2は「ムネモパーク」。今回個人的に一番興味のあった作品。

登場するのは本物の鉄道模型マニア4人と女優。
パンフレットやチラシに「脱力系パフォーマンス」とあるように、一見脱力系ではあるものの、そこにある社会に対する批評眼と、鉄道模型マニアの人生とその作品への敬意、舞台上での人と物による表現と映像を融合させて一つの作品にする創造への強い力を感じた。

観にいってよかった。

詳しくは後ほど。模型の写真もいくつかアップ予定(携帯で撮っているので画質はイマイチ)

a0001606_23274322.jpg

a0001606_23275868.jpg


a0001606_23281646.jpg

a0001606_2328262.jpg
スイスの鉄道ジオラマに浅草橋?!

[PR]
by turujun | 2008-03-15 17:00 | 演劇
一年ぶりになるだろうか?MONOの本公演を観てきた。今回はひさびさのザ・スズナリ。

MONOといえば劇団員だけで作品を作るのがおなじみだったが、今回はいろいろな劇団からの客演を迎えた。

感想は後ほど。

観た事実を記録しておかないと忘れてしまいそうなので…。
[PR]
by turujun | 2008-03-10 19:30 | 演劇
「生きているものはいないのか」でとうとう岸田国士戯曲賞を受賞した前田司郎の受賞後第一作目がこれ。
芥川賞にノミネートされ、落選した「グレート生活アドベンチャー」をもとにした作品だそう。

元恋人と思しき女性の家に転がりこみ、日々ゲームをして、寝てとだらだらした生活を続ける男性の話。
舞台上はせんべい布団とゴミ、マンガ本、洋服などなどが散らばった部屋。過去の五反田団作品でもよく登場していた光景が広がっている。

詳細は後ほど。
[PR]
by turujun | 2008-03-09 15:00 | 演劇
現在絶賛開催中の東京国際芸術祭。今年の海外からの招聘作品は非常に興味深いものがおおく、よってセット券を購入。この日から毎週土曜日は西巣鴨へ通うことになっている。

この「溺れる男」は、チェーホフの「三人姉妹」をモチーフにした作品。でも、タイトルに「男」とあるのは、女の役を男が、男の役を女が演じているから。三人姉妹はこの作品の中では三人兄弟になっているのだ。


舞台上は椅子と洋服ダンス、テーブルぐらいしかない簡素な大道具が置かれている程度で大変シンプル。セットという点でいうと、今の小劇場系作品のそれに通じるものがある。
しかし、男性がメインの役をになっているからなのか、それともアルゼンチンからの作品だからなのかは分からないが、感情が外へと向かう表現になっていて妙に「人」が激しい。そのギャップが興味深かった。

ただ、この作品で行われた「男性が女性の役を演じ、女性が男性の役を演じる」ということが、理屈ではわかるものの、実際の社会的な面での性別という観点での入れ替えというものが行われているのかそうでないのかが観ている間はよく分からず混乱してしまった。
[PR]
by turujun | 2008-03-08 19:00 | 演劇
KENTARO!「東京で会いましょう」
KIKIKIKIKIKI「サカリバ007」
プロジェクト大山「てまえ悶絶 ~3000円くらいの自己肯定~」
白舞寺「過火 Crossing Fire」
[PR]
by turujun | 2008-03-08 14:00 | ダンス