舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
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<   2007年 05月 ( 7 )   > この月の画像一覧

バベル@新宿バルト9

友人とともに、「バベル」を見に行ったのは、先週のことだった。4月末公開だったので、さすがに激混みということもないだろうと思いつつ、念のため早め(上映開始30分前)に待ち合わせていったが、考えが甘かった。私達が受付にたどり着いた時点で残席が1つのみ。結局私一人「バベル」を見て、友人は「パッチギ Love and Peace」を見る羽目に。


そんな間抜けなことになりつつも、この作品はとても面白く、またすごく考えさせられた。
いわゆるハリウッド映画のように明確な答えはないのだが、見る側に考える余地を与えてくれているのが感じられる。

個人的には日本(東京)の描き方が本当に今の東京、という感じをうまく出していることに驚いた。新宿にある映画館で映画の中に登場する新宿の街を見るのはなかなか不思議な感じをうけて、そのあたりも面白かった。
       
この映画は「クラッシュ」に似ているような気がする。前者は対個人から民族・経済状況の違いといった環境がもたらすものまで含んだものであり、後者は主に人種差別という違いはあるものの、「人間と人間のディスコミュニケーションとその突破」をテーマにしているという点、そしてそれが白人対黒人といった1対1ではなく、もっと多様な関係展開されていくところに共通点があるように思えるのだ。
そうしたなか、こういったテーマを扱った映画が大きな賞を獲得したり、世界中で公開されるということは、国・民族間にある差異に対する不寛容や無理解が多くの人の目にさらされていること、またそれを問題視する人が増えていること、それを突きつけられたときに共感できる人が増えていることの表れなのだろうか、などと考えた。
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by turujun | 2007-05-27 23:13 | 映画
何となくチラシが気になっていた机上風景。今回初めて観にいった。

テーマは「売春」ということで、売春婦の斡旋をしている旅館を舞台とした、2人の娼婦と一人の新進小説家の話。

実際にはこの作品にあるような売春というのはあるのだろうけど、私的にピンと来ない設定だった。さらに登場人物がそんなに多くないわりに展開が遅いこと、各キャラクターの特徴が一面的・ステレオタイプなこと、役者の力の差が結構如実にあってしらけてしまう瞬間があったこと、物語のキモになる部分が分かりにくかったこと(これは意図的なものなのかも…とは思ったのですが)、そのうえ表現面に新しい試みがないのもあいまって、私としては、あまりこの作品に対して肯定的になれない。全体的に中途半端だと思った。

ただ、玖美子役の女優さんは強気な売れっ子と、弱い一面があるところ(→これが劇中で布見繪と重なって表現されている)

【以下、ネタバレ注意!!】





特に、腑に落ちなかったのが、メインの売春婦・玖美子と布見繪の出し方の部分。
この作品では、この二人は何らかのつながりがあるもの、表と裏な存在として描かれており、色々あった末玖美子は自殺し、布見繪は小説家・平山と一緒に生きていく…みたいな流れになる。だが、全て観終わってみても、そのつながりが具体的に何であったのか、こうなった結果一体何なのかは明かされずに終わってしまう。
このような構造にすることで、観客に謎を残すというか、何か考えさせたいという意図があったのかな?とは思うものの、作品を通じてどちらに進みたいのか、何がしたかったのか、どんな問題意識や興味・意図をもってこの作品を創ったのか見えてこないうえ、そもそもこの作品に魅力を感じなかったこともあってこれ以上何かを考えたいと思えないというのが正直なところだったりする。

で、当日パンフレットを読んだらこんな記述が。
「不愉快だったら、ごめんなさい。難しかったら、すいません」とある。
…創り手側の言い訳っぽく読めてしまうのは私だけなのだろうか。
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by turujun | 2007-05-26 14:30 | 演劇
以前、ポツドール・三浦大輔氏が「面白い」と言っていたので、気になっていたjorro。たまたま先週観にいったヨーロッパ企画でもらったチラシ束の中にこのユニットの公演チラシが入っていたので、今回初めて観にいった。

舞台となるのは、よくある感じのバー。そこの常連がだらだらと会話をして、そのうちの一組のカップルの結婚祝い(この時点で結構経っているっぽい)パーティをする…という一場ものの作品。
短いワンシーンと暗転が何度も繰り返されることで舞台が展開していく。
衣装替えがあまり無いので分からなかったが、最低でも3年の月日が流れていることになっていたようだ(作品中で25歳の誕生日を迎えた人が、最後の方のシーンで、「28歳になった」という場面があったので)。
はじめのうち、細切れのシーンが暗転をはさみ淡々と続いていくわりに、新しい人間関係がどんどん出来上がっていく様に少々戸惑った。


当日パンフに、この作品の台本には台詞がないこと、エチュードで作品を作りあげていったということが書いてある。そうしたつくり方をしているからか、非常にリアリズムを大切にした作品になっていた。雰囲気としては、人間を露悪的に書かないポツドール、といったところ。描いている人々の姿はかなり似ているけど、現在のポツドールがかなりリアルさを大事にしつつも、マスレベルで考えたときに「よくある」とはいえないものを取り上げているのに対し、jorroが作りあげるのは実際に十分ありうる世界。舞台上での日常の再構成、と言ってよいと思う。しかも「よくある」日常の再構成が、舞台として面白い。これは五反田団やポツドールを観たときにも思ったことではあるのだけど、この二つの劇団に比べて、jorroはよりリアルな、あたかもそれが目の前で起こっているかのようなシーンを立ち上げることに力を注いでいるように思えた。
彼らにはリアルさを徹底的に追求しつつ、みせものとして成立させる確かな手腕があると思う。それを使って今後どのような作品を作っていくのか、何を表現していくのかということが気になるところ。また観にいってみたい。



余談だが、これを観て思い出したのは、ポツドールが以前やっていた「セミドキュメント」。私は観ていないので、これどんなものかは分からず、言葉の感じからして似てるものなのかしら…と思うにとどまっている。非常に残念。
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by turujun | 2007-05-12 19:00 | 演劇
現在下北沢で公演中のヨーロッパ企画「Back to 2000」のもう一方「冬のユリゲラー」を観てきた。

「苦悩のピラミッダー」のところでも書いていたのですが、今回上演されている作品は、今のように全国ツアーをするとかそういった派手な展開をする前に大学などでひっそりと上演されていたものなのだそう。

今回の作品は「カフェ・ド・念力」の常連のエスパー達クリスマスパーティをしているさなかに招かれざる客(=一般人)が紛れ込んできてしまうことで起こるてんやわんやが描かれているもの。

「苦悩のピラミッダー」との兼ね合い(出演者が約1名かぶっている)関係上からか、小さいどんでん返しのようなものが延々と続いていくように思えたのが気になったが、なかなか楽しく見ることができた。


今回の2作品を比較してみると、内容は全く違うものの、作品を動かしていくキャラクターの質がかなり似ていたように思えた。また、登場人物の面白いやりとりも、2作品とも共通したものがある。それはどういうものかというと、何か問題が起こったときに、それに対してだんだん発言がずれたものになっていく→それに気づいて修正するべく発言する(突っ込みを入れる)人が現れていく→話し合って問題が解決する、という流れだ。そしてこのプロセスがかなり短い時間にワヤワヤッと進行されるのだ。

最近の作品と比べると、最近の作品には、「囲むフォーメーション」や「サマータイムマシンブルース」のような物語自体の設定の制約(フレームというニュアンスの方が近いのかも)と、上記のようなやりとりのフォーマットの2つが見られるが、今回の2作品には前者がないあたりに、「昔の作品」ということが分かる。現在のヨーロッパ企画にある特長がこの2作品には欠けているのだ。
だからといって面白くないかといえばそんなことはなく、十分笑えるのはなかなかやるな、という感じ。
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by turujun | 2007-05-12 14:00 | 演劇
ダンサーのKさんからおススメいただいたこの本。結構前に出版されていて知ってはいたが、おススメされたので読んでみた。

この本のつくりが竹中平蔵と佐藤雅彦の対談形式なので、非常に読みやすくまた説明が平易なのもありがたかった
私は経済学部卒だったので、これを読んで久々に大学時代に戻ったような気になったり、知らなかったことも出てきたりして自分の不勉強を突きつけられもした(いろいろな方面で不勉強ではあるのだが…反省)。

経済についての話もさることながら、佐藤雅彦の、基本的に全ての事項をそれを構成する要素に分解して、そこからその成り立ちを再構成して理解していくような考え方の方法論が興味深い。そして、彼が竹中平蔵に突きつける質問はかなり根源的というか、核の部分に関わるものであることが多いのはその考え方ゆえのように思われる。

これを読めば経済通になれる、とあるがそうかどうかは不明。だけど世界とのつながりを考えながら経済を考えていくでのとっかかりにはなるかと思う。少なくとも、いきなりミクロだマクロだ、限界代替率だといわれるよりはこの本の方がスムーズに入っていけるはず。また、単純に読み物としても面白いと思う。

この本の随所に挿入されている微妙に面白可愛い一こま漫画がわたし的にツボだった。
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by turujun | 2007-05-06 23:02 |
ヨーロッパ企画が初夏の下北沢で公演(しかも2作品)とのことなので、行ってきた。

「サマータイム・マシン・ブルース」のときは、映画公開と合わせて…ということもあり、非常にチケットが取り辛い(結局取れなかった)状況であったものの、今回は前日予約で余裕で入場。あの状況が単なるバブルであったと認識。個人的には安堵。


さて、内容だが、2000年に大学の教室等で上演されていた作品だそうで、舞台は紀元前2200年のエジプト。経済的に傾きつつある中、エジプトの大臣達が、さまざまな困難を乗り越え、王の希望する「ピラミッド建設」を実行していく…というお話。といっても、ヨーロッパ企画版・プロジェクトX in エジプトではもちろんない。設定はエジプトだけど、内容はちょっとずれた小人物ばかり出てくる、今どきのどたばたコメディだ。

これまで観たヨーロッパ企画のどれよりも初期設定にリアリティがないので、むしろ話の内容に違和感を感じることなく観ることができ、個人的にはこれまでのどの作品よりも面白かった。しかも、シーン中のかけあい(やり取り、というよりこちらの方がこの劇団にはぴったり来る気がする)が全体的にうまくかみ合っていたので、そこも観ていて気持ちが良かった。この劇団(というかこの組)はチームワークが良いのかなあ、なんて思ってみていた。




以下、若干ネタばれ。これからこの作品および「冬のユリゲラー」を観にいかれる方はお読みにならないことをおススメします。








なお、今回は、スタートが2日、千秋楽が1日違いでザ・スズナリでもヨーロッパ企画の別の作品「冬のユリゲラー」が上演されていて、両作品に出演している役者さんがいる。その役者さんは、この作品が終わると、すぐさまスズナリへ駆けつけるのだそうで、カーテンコールには出てこない。計画的無茶かと思われる。
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by turujun | 2007-05-05 14:00 | 演劇
今日はGW5日目。有休を取得したので今年のGWは9連休。こんなに長く休むのは、大学時代以来。だからといって何もやることなく過ごしているかと思いきやさにあらず。長く悩みつつも先延ばしにしていた持病の治療に取り掛かるべく、病院へ行ってみたりする。
 そしてその帰り、散歩がてらに桜木町方面へ足を伸ばすと、そこには「春風亭小朝の会」そして「当日券あります」の文字。そんなにチケット代も高くないので、観ようかな、どうしようかな…と悩んでいたら、見知らぬ方に声をかけられ、「チケット余ってるんで、良ければどうぞ」。かなり良い席のチケットだったので、迷わず購入。予定外の落語鑑賞となった。

林家正蔵の襲名披露に行って以来の落語だったが、落語は面白い人がやると、それがたとえ古典でも本当に面白いということを再認識。単に笑えるだけではなく、はらはらする場面あり、涙がこみ上げてくるような悲しい場面あり。春風亭小朝の緩急に富み臨場感あふれる語り口にぐいぐいと引き込まれ、あっという間の2時間だった。
これだけ面白ければ、また見てみたい。そして誰かを誘ってみたいと思うのであった…。
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by turujun | 2007-05-02 19:00 | その他