舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
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確か今週のぴあに、「この作品は70分くらいに収める」とあったと思うのだが、実際は100分くらい…。長いといえば長い。

今回のコンドルズは、いつも以上にダンスが少なかった。そして前半と後半にわたる大コントも無かった(ように思う)。

その一方で、映像と小コントが多かった。
その中で一番個人的にツボだったのが、「コンドル合唱団」。
これまでも楽器演奏や歌など、「音楽の自演」はやってきていたものの、ついに合唱も取り入れ、「表現」と呼べるあらゆるものを貪欲に取り込んでいる。2時間弱で「文化祭の出し物全て+α」な勢いだ。


全体的に各コーナー(?)が短めであったように思うのは、そしてそれはもしやメンバーの課外活動や本業がいよいよ多忙になって稽古時間が取れなかったからかしらと思うのは、私だけ?


それにしても、今日ほど「生」の面白さを感じたことは無い。というのは内容ではなく、客席の方。今日の観客の中にかなり小さめの子供がいて、この子がやたらと元気なリアクションをする。しかもコンドルズのセンスがかなりツボらしく、冒頭からやたらと大きな声で笑う笑う。うらやましいくらいの「面白いよ!」アピールぶりだった。
ただ、受けるポイントが必ずしも舞台上のプレーヤーの意図するところと同じではないようで、やりずらそうにしている方もいた。さすがに小林顕作は客いじりに慣れているのか、その子の反応に臨機応変に対応していたが。


4月から「サラリーマンNEO」復活。めでたい。
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by turujun | 2007-03-31 13:00 | ダンス
タダ券を某所より入手したので、「パフューム-ある人殺しの物語-」を見てきた。

同名の小説については、友人や「ほぼ日刊イトイ新聞」での糸井重里のコメントからその面白さは知っていた。また、WEB上のニュースからさまざまな情報を得ていた。それらを総合すると、
見る前の私の心の中は、「期待半分、怖いもの見たさ半分」といったところ。

さて、映画はどうだったか。
結論から言うと、人並みはずれた嗅覚と、天才的な調香の能力、そしてその二つによって生み出された究極の香水作りへの欲望に支配された人間が引き起こす恐るべき悲劇がそこにはあった。約2時間半という長い映画であるにも関わらず、長さはほとんど気にならなかった。最後まで集中力を切らさず見てしまった。
その理由は、まずストーリーそのものの面白さ。世界的ベストセラーになるのも納得。展開のテンポも良い。じっくりみせるべきところと、ドライにみせる部分のメリハリがしっかりついていたのも退屈しなかった理由だろう。
また、映像や美術も凝っていた。現実の世界の部分はベージュや、黒、灰色といった暗く、くすんだ色がベースで、一方「美しい香り」の世界は明るい色味で描かれていた(まあ、場面によりけりだが)。特に、冒頭の魚市場のシーンは、悪臭漂うパリの中で最も臭いといわれた魚市場のにおいが伝わってくるようなグロテスクなもの。かなり気色悪く、かつ刺激的だった(映画全体としてもかなり刺激的なのだが…)。

だが、気になるのが、作品中でのナレーションの多さ。
冒頭から最後まで、随所にナレーションが入っていろいろと説明していくのは、正直作り手の手抜きではないだろうか…と途中で食傷気味になってしまった。「エンタメ」映画だから、かもしれないが、見る側のイマジネーションを誘うようなつくりにしても良かったのではなかと思う。

なお、私は全編を通して普通に見ていたのだが、一緒に見に行った友人のうち、一人は映像の気持ち悪さにずっと口を押さえており、もう一人はずっと映画に独り言で突っ込みを入れていたらしい…。人によってはちょっとキツいものがあるのかもしれない。一人で行くのはあまりお勧めしない。良くも悪くも語りたいことが出てくる映画なので。



ところで、この作品のクライマックスのシーンで、スペインの舞踏団「ラ・フラ・デルス・バウス」が協力していた。ものすごくダンス的もしくはパフォーマンス的なものになるのかと思っていたら、予想外に自然なシーンである意味肩すかし。
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by turujun | 2007-03-24 13:50 | 映画
今日は祝日にして、品川プリンスシネマのレディースデー。ということで「DREAMGIRLS」を観てきた。


観終わってから1時間強くらいしか経っていないのに、びっくりするくらい何も残っていない…。そういう意味で、正統派「ハリウッドムービー」であり「エンタテインメント」。

だからといって、くだらないとか出来が悪いと言う意味ではもちろん無い。むしろ、色々な要素(ミュージカル映画ですから)を矛盾無く盛り込み、ヘンな内心突っ込みなしで見ることが出来るエンタテイメント映画を成立させている。

この映画の見どころはやはりディーナ役のビヨンセ・ノウルズの美しさ。本当にバービー人形のように美しい。テレビ映え・写真映えするディーナという役にあっていると思う。特にものすごく成功してからのファッションは、当時の雑誌から抜け出てきたようでえらく格好良い。これはこれで見物。
一方、聞きどころはやはりアカデミー助演女優賞を獲ったジェニファー・ハドソンのソウルフルな歌。この人のエモたっぷりの熱い歌声を聴くたびにどんどん映画に引きこまれていってしまった。
あと、エディ・マーフィの歌手としてのパフォーマンスがえらく板についている。実は歌も得意なんだろうか…単にこれまでの映画では見せる場がなかっただけなんだろうか…。



この映画はぜひ可能な限り良い音響設備と大きなスクリーンを持った映画館で見るのがおススメ。ゴージャスな映像と多彩な音楽がキモなので。


最後にネタバレとしてストーリーについて
デトロイトの無名のティーンエイジャーの女の子3人のコーラスグループが、とある幸運から有名になっていく中、メンバー同士の対立や脱退、各メンバーの個人的な問題に遭遇しつつも、、最後にそれぞれの夢とお互いの友情を再確認するという話。エンタメでありつつ、時代背景を盛り込み社会派な部分を持ち合わせてもいる。また、アメリカ映画には珍しい、「エンディングの地味な映画」でもある。かなり多彩な要素が盛り込まれた映画。
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by turujun | 2007-03-21 18:25 | 映画
観るたび「面白いんだけど、よく分からなかった」と思うKUDAN Project。NODA MAPと並び、どんな作品だったか分かりやすく簡潔に語れない創り手だと思う。

今回の作品はというと、…自分が面白いと思ったところについてはそれなりに話せるけど、どんな話か、と言われるとやっぱり分かりやすく簡潔にはいえない。

当日パンフレットに
「(前略)…小説作品『美藝公』を原作としておりますが劇化するにあたり、「世界」
の設定以外の大部分を改変してしまいました。(後略)」とあるので、
小説の筋を借りて話ができるかと思いきや、それもできないらしい…。

さて、その世界の設定とは、映画が産業の頂点にある日本というもの。タイトルの『美藝公』とは、映画俳優の中でも頂点に立つ者に与えられる名誉ある称号。
この作品は、元・美藝公とその彼の幼馴染のシナリオライターによる二人芝居。


★以下ネタバレになってしまうかも…ご注意ください★





とある事件が原因で、美藝公がその地位を捨て映画界を去り、演劇をやることになる。そして幼馴染のシナリオライターは、彼のために演劇の戯曲を書くことに。だが、「映画の脚本は書けても戯曲は書けない」というシナリオライターと、その彼を脅したり、なだめたりしながら何とか書かせようとする元・美藝公とのやりとりが舞台上で展開される。

もともと映像をふんだんに使っているKUDAN Projectだが、今回は「映画立国の日本」が舞台となっているだけあって、自分のいる世界がリアルなのか、それともつくりものの世界≒映画の世界なのか、分からなくなっているシナリオライターの内的世界を表現するのに、「映像」がふんだんに使われていた。


この作品は、「真夜中の矢次さん喜多さん」と微妙に地続きになっている。それは役の名前が似ている(シナリオライターと美藝公は互いを「やじさん」「きたさん」と呼びあっている)ことや、どちらの作品もリアルとシュールの狭間を行き来しているかのような世界が展開するところにも現れていることからも分かる。
そしてそれを現実の舞台とできるのは、やはり役者の二人の力量によるものなのだろう。この二人の舞台上での「まあ良くこんなことが…」というようなスピード感あふれる台詞の応酬と、絶妙に合った間合い・呼吸は、他ではなかなかお目にかかれない。とはいっても、今回はバイオリンやらタップやらいろいろとやらなければいけないことが多いようで、そのあたりは苦戦の色が見えましたが…。
一つ疑問なのが、今回劇中で結構二人とも台詞をかんでいたこと。…あれはわざと?または実際言いづらい台詞だからなのだろうか?「演劇はいやだ。演劇にはテイク2が無いから」というような台詞があるあたりでの他の台詞を咬んだのはわざとかなあ…などと思ったのだが、どうなのだろう?
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by turujun | 2007-03-18 15:00 | 演劇
最近は、毎週1回観劇するぐらいのペースになっている。去年までは、最低毎週2本は観ていただけに、ずいぶんと、ペースが落ちているうえ、新しいものへ飛び込む勇気が減ってきているような気がする。
といっても、観たことのないものは、新しいものも古いものもまだまだたくさんあるのだから、飛び込むべきものはいくらでもあるはずだ。


で、今回は、あまり飛び込んでいる感はないものの、初見の「コペンハーゲン」。何が初見かといえば、戯曲も演出も舞台に出ている村井国夫もだ。

3人による会話劇。3時間という上演時間に少々おののいたものの、実際観ていたら、時間の流れが気にならないくらい、面白く見ることが出来た。

この作品は、第二次世界大戦中のコペンハーゲンで実際にあった、当時最先端の研究をしていた二人の物理学者の会談についての物語。その日のことを、死後、魂となった二人とその妻が三人で「あのとき」のことを再現すべく、いろいろ試みる形で進んでいく。
史実を丹念に調べ上げ、その事実とそれらの係わり合いの間に潜んでいるであろう心の動きや思いを想像の力で作り上げている戯曲にまず驚き。それをシンプルな舞台の上で、ほとんど出ずっぱりで演じ続ける役者三人もまた良い。派手な場面転換も、大げさな演技もなしに、ときに緊迫し、時に和らぐ、場面の空気を自在に変えて作品世界を展開していた。

…そんな中で、惜しむらくは、肝心の場面で一瞬かんでしまった某氏であろう。ちょっと残念。
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by turujun | 2007-03-10 13:00 | 演劇