舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
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「舞台│阪神淡路大震災」を観たあと、大勝軒でつけ麺を食したあと、「立つ女」を観にいった。

この公演のことは、「水と油」の活動休止前最後の公演のときに仮チラシが入っていて、ぜひ観にいこうと思い、初志貫徹して観にいったもの。
ずいぶん前に予約したものだから、予約した日時を忘れてしまったりしたものの、今日行ってみたら、ちゃんとチケットがあった。結果的に正しい日時に行っていたらしい。

続きます。
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by turujun | 2006-06-25 18:00 | ダンス
この舞台は、タイトルそのまま、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災。地震発生直後から、中越地震までの被災地・そして被災者に起こったさまざまな出来事を見せていくというもの。

正直な感想としては、「よくこれを作れたなあ」ということ。
それぐらい、あの地震後に起こったことは、言葉に尽くすのが本当に難しい、衝撃的なことだ。
昨日まであったものが一瞬にして奪われ、秩序もなく、法律も機能しないような状態で、人々が何とか生きていこうとする姿は、言葉で表しきることはできない。
それほどに過酷な状況を再び思い出し、それを舞台化するというのは、創り手側にとっても辛いことだったと思う。

舞台のHP→ http://tacoashi.com/kobe/


そういえば、昨年の横浜トリエンナーレに、神戸のボランティアグループ「とまと」の展示「震災から10年」というのがあった。
これまたタイトルどおりの内容なのだが、この中に、小学校の先生の震災後のノートというのがあり、その中には、震災後、普通の学校生活を再構築する中での先生の格闘がつづられていた。それは特に脚色されているわけではなく、本当に業務日誌といった内容なのだけど、それだけに、問題が山積する中でいかに以前のような学校生活を取り戻すということが難しいことなのかを感じずにはいられなかった。
「作品」ではなく、「事実の記録」がこれほどに重いとは、そう実感させられた展示だった。

続きます。
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by turujun | 2006-06-25 14:00 | 演劇
ここのところ、「超・観たい!」というものがあまりなかったのだが、今週末から7月にかけて観たいものが目白押し週間が始まる。

そのトップとなるのが、この「アンデルセン・プロジェクト」。

以下、続く。
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by turujun | 2006-06-24 14:00 | 演劇
前の職場で知り合ったB学院の広報のMさんがお勧めしてくれた劇団一跡二跳。これまで観よう観ようと思っていながら機会を得ることができなかったが、今回思い切って観にいってみた。

続く。
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by turujun | 2006-06-18 14:00 | 演劇
名前だけは知っていたけどこれまで見る機会のなかったブラジル。今回は、正午から開始ということで、観にいってみた。

続く。
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by turujun | 2006-06-17 12:00 | 演劇
当日券にて観劇。
当日券発売2時間前に劇場に到着したにもかかわらず、当日券自体は数枚しか出ず、キャンセル待ちにまわされる。その結果、何とかチケットをゲットし、ひさびさの新感線観劇とあいなりましたとさ。

以下続く。
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by turujun | 2006-06-12 18:00 | 演劇
局地的にうわさのイキウメ(この名前も凄いよね)。本公演は来年とのことなので、まずは、イキウメで初演された、この作品を観ることにした。

劇場内に入ると、手前上手側に一軒家、下手にアパートらしきものがある。そしてその後ろに上手から下手へつながる一本道と、その道の真ん中に舞台奥へ行く通路(これは病院へとつながる道らしい)がある。一見普通っぽいのだが、その家とアパートはリアルに作られているのに、その後ろの道から奥は、その道の部分以外何もないので、そのギャップが大きい。

さて、話しはというと、舞台は隣国との臨戦態勢に入っていて、いつ戦争が起きてもおかしくはないような状態になっている2008年の日本の夏のとある田舎町。この町に来るためには、もはや陸路しか手段がないような、そんな危機的状況に置かれている。
この物語は、そんな、目の前に明らかな危機の中にあるその町の人々が直面する、得体の知れない別の危機の物語だ。

その物語に、私は観ている間はどんどん引き込まれていった。役者さんも皆、力のある人たちなのだろう、安定した演技をしていたと思う。(小林顕作は叫びすぎだと思うが)でも、見終わって色々考えてみると、なんだか噛み締めているのが悔しいような気持ちが湧いてきた。冷静になればなるほど、何かにだまされていたかのような気分になっていった。

それは一体なんだったのだろう?とそのうち考えるようになった。

その中で行き着いたのは、「概念」を失う、という発想は面白いのだが、そこから何を導き出していくのか、と言う部分で、面白いのだけど、提示しているものが意外と普通である、というところなのではないかということ。危機の中の危機、概念の喪失、という大きなフレームの中でなら、もっと違ったものを提示できたのではないかと思うし、それを私は求めているのだけど、実際にそこに出てきたのは、「人間愛」。「人間愛」を描くことは全く持って否定しない。でも、全てが破壊されながらも、その中で新たな関係、新たな価値を見出していく人間の姿さえ描いているス展開のわりに、最後に描かれるところの愛が、思いのほか安直であったところに不満があるのだ。もっと違った形で提示できるものがあるだろうになあ。

あと、安直、という話でもう一つ書いておく。何でこの作品ではあんなにBGMを多用していたのだろう?場面によっては無理やり音楽で盛り上げているようなところもあり、ずいぶんと乱暴なことをするものだと思った。
 赤堀雅秋って私の記憶の中では、こんな音楽の使い方はしていなかったように思うのだが、しばらく観ないうちにそういう方へ変わってしまったのだろうか。そうだとしたらとても残念でならない。
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by turujun | 2006-06-04 14:00 | 演劇
この日はずっと気になっていた「カルティエ現代美術財団コレクション展」にようやく行った。

私が結構信頼している筋の方が「これは面白い。ハマトリの10倍面白い」と言っていたので、どれほどのものかと思っていたが、それぞれの作品が、ものすごく個性的で、実際すごく頭の中のいろいろな部分を刺激される感じがした。見て回っている間、わくわくする気持ちが途切れることなく沸いてくる珍しい展覧会だった。

その中でも私のお気に入りは、入ってすぐにあるタイルとガラスで飾られた小さな教会のような建物と、空き缶やら空箱を使って作られた町の未来図の模型のようなもの。(メモを取ってないので、正確な作品名が分からない…)

作品の傾向として、淡々としたものよりも、ある意味ポップというか明確なカラーを持った作品が多いように思ったのは、カルティエ現代美術財団のコレクションのポリシーなのでしょうか?このあたり、よく分からないのだけど、以前同じMOTで見たポンピドー・コレクションみたいなものとかMOTの常設展示とはちょっと違うポリシーで集められているような気がする。

カルティエの方を見終えた後、この展覧会の半券で常設展示も
見られるというので、ついでに見た。60年代以降の美術というテーマの展示だったのだけど、時代の空気が出ていて、これはこれで面白かった。

さて、
こちらは、半蔵門線清澄白河駅を出るとすぐにある集合住宅。今日MOTへ行く途中で、たまたま目にしたもの。
清澄白河は、けっこう高層マンションが建っている土地なのだけど、これはなんと昭和8年に建てられたというのだから、年季が違う。今日はじめて目撃し、すっかり一目ぼれしてしまった。住めるものなら住んでみたいけど、実際のところ住み心地はどうなのでしょう??

最近は何となーくバブル再燃?って雰囲気が漂っているけど、取り壊されることなく末永く存在してほしいと心から願うばかり。
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by turujun | 2006-06-03 15:00 | アート