舞台や展覧会など、さまざまな鑑賞活動の記録を綴る。タイトルとの関連はありません。


by turujun
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砂連尾理&寺田みさこ「男時女時」2月25日@パークタワーホール(西新宿)
 一昨年のネクストネクスト以来の鑑賞となる「じゃれみさ」。前回は、面白い動きはしていても、だからといって作品自体に面白さがあるわけでもなく、実のところ紙ふぶきを撒きながら走っていたこと以外これといって覚えていないんだな。
 そんな私にとって印象の薄い「じゃれみさ」、さて今回はどうだったかというと、前半はやっぱり一昨年の印象とそんなに変わらず、いまいち作品のグルーヴに乗り切れないというか、見出せないでいたのだが、それががらりと変わったのは、寺田さんが砂連尾さんがもってきた鍋の水に頭を突っ込んでブクブクブク…とやってから。そこを契機に寺田さんの動きにキレとしなやかさが加わり、それまできれいな体で変なポーズをとってるな、ぐらいにしか思えなかった踊りに、力強くもキレとしなやかさが加わって、もうどんなにへんてこな動きをしてもそれを「美しい」と言わせることができる、そんなダンスが最後まで展開されていった。何をしても受け入れさせることの出来る、説得力のある体の持ち主。そこへ来ると、今回の砂連尾さんはどうにも「まるでだめお」である。一生懸命踊っているのだけど、寺田さんの滑稽なのに美しいダンスと同じ土俵に立つと、まるで目に入ってこなくなる。もし、今回の作品における男女の関係性が「女は気ままに生き、それについて行く男」というのであれば、まあ、そうなのかもしれないが、そんな単純な「男と女」を書こうとしているわけではないとは思うので、やはり今回の作品は、「ちょっと今いち」感をぬぐえないのである。
 あと、ちょっと気になったのが音楽。今回の作品は随分音楽そのもののノリやテイストにも助けられていたと思った。「あ~、ウッ!」って、マンボはずるいだろう。
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by turujun | 2004-02-26 15:19
 以前からちょいと気になっていたぺピン結構設計を観にいった。今回の公演は東京国際舞台芸術祭のリージョナルシアターへの参加だったり、チラシがかわいかったり、戯曲が何かの賞を取っていたりして、ぺピンへの興味がいやがおうにも盛り上がろう、というものだったのだ。はたして、実際の舞台はどうだったか。 
 「創り手が今自分達の力量で出来る範囲で、やりたいことをやっている」、一歩間違えば巷に溢れる内輪受けの舞台になりかねない危うさがありつつ、ぎりぎりのところで踏みとどまっているな、という舞台だったと思う。
 チラシや、インターネット予約者への特典(オニギリズムのレシピ付きおにぎりセットといった企画からもそのセンスの良さは分かるのだが、そのセンスのよさが舞台そのものの隅々に行き渡っているかというと、その部分で「?」だった。オープニングのCGとか紗幕の向こうの東京タワーの模型とかに、そのセンスのよさを感じたのだけど、全体として、会場のサイズに対して、作品が負けてしまっていたと思う。一番見ていて辛かったのは、「ここでこう言って…ここへ動く」みたいなぎこちなさをほぼ全員の役者に感じてしまったこと。また、映像の使い方や演出にしても、「どこかでみたような」感じをぬぐえなかった。伏線の本筋への絡みがゆるい感じがして、クライマックスで、もっと切ない思いを抱いても良さそうなのに、細部への演出が足りず、物足りない思いをした。
 否定的なことばかり書いていながらも、私はこの団体を「また観たいリスト」に入れることにした。というのも、なんだかんだいいながらも、戯曲における登場人物のキャラクター設定や、前述の映像や舞台美術のセンスの良さ、物足りないとはいいながらも、イマドキのポップさを感じさせる演出は、また見てみたいと思えるものなのである。何より心に残るのは、米屋の3兄弟と米を生む女柳子の繰り広げる「電車コント」。かつてカクスコがみせてくれたような「楽しい時間」がそこにはあった。
 
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by turujun | 2004-02-25 14:58
占いを見ていると、今月のかに座は「旅立ちが吉」らしく、旅行・転職に向いているらしい。この前友人と話をしていて、地方公共団体の創設する公共ホールの制作担当者の募集が各地であるので、応募したらどうか、とか言われたが、正直なところ、そういうのを「仕事として」やりたいのかどうか、自分でも迷っているのだ。そりゃ、「舞台の素晴らしさを人々に知ってもらおう!」を目標に演劇評論のフリーペーパーを立ち上げたぐらいだから舞台芸術というものの世間での扱いはあんまりなんじゃないか、と思ってはいる。商業ベースに乗ることが難しいジャンルとはいえ、何とか映画とか音楽のような他のアートに対抗できる存在感を示せるようになろうよ、とか舞台(特に演劇!)の得体の知れない・貧乏くさい、というイメージを払拭したいものだよ、と思う。だが、それを自分でどうしたいか、という具体的なものはまだ持てていない。
 いかに「舞台芸術」が素晴らしいか、言葉で分かりやすく説明でき、かつそれを「事業」として表現する、ということについて自分がどんな風にしたいか、それが具体的であれば、どんな場所であろうと、それは実行できると思う。なので、そこんとこ、深めねば、と思うわけだ。
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by turujun | 2004-02-24 14:42

チケット

本日は、珍しいキノコ舞踊団「Flower Picking」の発売日だったわけだが、とりたてて差し迫ってやるべきことがないのをいいことに、10時ジャストにチケットぴあに電話してみた。そうしたら、発売から10分燃してないと思うのだが、私の希望していた日時は「すでに完売」。仕方がないので、カンバセーションで取ったが、どういうことなのだろう。いくら各回限定40名とはいえ、これってどうなんだ、と軽く憤り。e-Plusの先行販売で殆ど売ってしまったのかしら…。
 この先行販売というやつ、公演を行う側としては、早い段階でチケットを確実に売ることが出来てなおかつ、「先行販売するくらいだから人気があるのかも→早く買わなきゃ」といった心理作戦にもなる、ということで、悪いことではないんだろうが、…手数料、高いよね。いくらなんでも高すぎでは。e-plusもぴあもネット販売ではなんであんなに手数料高いのだろうか?でも、平日忙しくて、休日もわざわざ店舗で並びたくないよっていう大人だったら、多少手数料払ってもインターネット経由で購入しても割に合うのかもしれない。自分の収入の少なさで物事を考えてはいけないのかも。
 とはいえ、「ネットに接続できなくて」(←ISDNだったからだろうか?)「電話がかからなくて」買えないことの無念さを思えば、多少並んで手数料無しで確実に買えるほうが個人的には良いと思うのだが…IT時代(古い?)にあるまじき発想だろうか?
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by turujun | 2004-02-19 17:02

信憑性アリ

昨日からすごいひまだよ。やばい。あまりにやばいので、ACCESSなど勉強する。時給もらいながら勉強していていいんだろうか。しかもこれは今後どう役に立つというのだ。全く見えてこないところがすごい。6月まで編集の仕事らしい仕事がないそうだ。長期契約とはいえ、これはどうなんだろう…。
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by turujun | 2004-02-19 11:16
この前、仕事でちょっとしたインタビューを要約してそれを他の媒体に転用する、ということをやっていたのだが、その時に、ふと話し言葉でリアルに感じることも、文字で読む場合リアルに感じないな、と思った。実際の会話では絶対にそうは話さないだろう、というような言葉遣いでも、インタビューで「読む」となれば、それがリアルというか、ふさわしい、ということになる。例えば、学生のコメントとしては、「…で、えっと…それでえ…」と実際に話していたとしても、インタビュー原稿では「…で、…と思います」のように、間の相槌のようなものは取り除かれて、「ですます」の語尾にしてあったほうが、自然に思えるものであるな、と思ったのだ。同じようなことは、他にもあって、その際たるものが、海外スターのインタビューだ。特に女性の場合、「~だわ」「~なのよ」といった日本の女優はこうは話さないだろう、という語り口でいまだに掲載されるのは、どうなんでしょう?読者としては昔から変わらず違和感を感じているのに。インタビューをしている側・それを翻訳する人々は一体何を考えているのだろう??普通に「ですます」でよいのでは。
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by turujun | 2004-02-13 11:29